「悲喜こもごも」いえ悲しいばかり 「泣き笑い」いえ泣いてばかり
ここ数日とても寒くなりました。皆様お元気ですか?たんてみちるです。
リフォームの終わった家に戻ってきて、一ヶ月が過ぎ、最初は水滴が落ちるのさえ気になっては拭いていましたが、ようやく、慣れてきたところです。
断捨離とまではいきませんが、子どもの使っていた机や古いベッド、書籍をかなり片付けてすっきり暮らしています。
今まで、リビングの奥に置かれ、物を置く台のように使われ、滅多に弾かなかったピアノ、亡き母に50有余年前に買ってもらったピアノが、表の部屋に越してきました。この機会にピアノを又習い始めようかなと思っています。
又、ゆくゆくはこの部屋でカウンセリングをしようかなとも考えているところです。
とそんな風に、心機一転のスタートだったはずなのに、愛しのルイはまだ戻りません。
詳しいいきさつは省略しますが、洗ったようにきれいにお皿をなめて、ごちそう(餌)を食べていたのは、後半から、別の猫でした。
ルイはどこに?あれからずっと探し回っています。そっくりの猫をみつけたものの、ルイである確証もないままに日が過ぎています。
じっとしていると悲しく、文字通りいても立ってもいられません。気分が沈む時、人には色んなタイプがあるようで、私は、とにかく仕事も家事もいつも以上にがんばってしまう、「多動」になるようです。変に元気です。
「躁的防衛」と名付けられる状態なのだと分かっているのですが、止まることができません。
極めつけは、ルイを探して、六甲川添いの崖をなんどもよじ登ること。
こんなことで見つけられないのはわかっているのに、気がつくと、出っ張った岩に足をかけ、蔓や枝につかまってよじ登るのです。
急に怖くなって降りようとするのですが、その方が危なく、とにかく登り切ります。人様には見せられない姿で、ちょっと笑える時もあり、その後、悲しくなってきたりしています。
ルイのためと思って出した、家に残すという判断は、こんな結果になってしまいました。
いつも謝りながら、寒くなるとひょっこり帰ってくるんじゃないかと今日も待っています。
夢中で崖を登りながら、ふと我に返り、これってあるスポーツに似ていると思いました。
「ボルダリング」です。
私はスポーツが苦手で、走るのも跳ぶのも、球技もろくに出来ません。
でも子どもの頃から鉄棒は得意で、特に懸垂はいつまでもぶら下がっていられました。腕がふとい、腕の力が強いのでしょう。
以前から「ボルダリング」は挑戦してみたかったのです。
やってみようかしら。
六甲道にその施設があることもわかりましたし。
それとも、これも防衛機制の一つなのでしょうか?
娘が心配して「頼むから韓ドラ見て(今のお気に入りはキムスヒョン君)じっとしていて」と懇願してくる日々です。