Tante ~ブログ「たんて」だより~

結婚する耕へ

皆様お元気ですか?

この詩は息子を出産した当時ドイツに留学していた耕の父親が送ってくれたものです。

ドクターや助産師さんが驚くほどの難産の末生まれた子に私たちは耕と名付けました。夫が愛してやまない亡き母(耕の祖母、「耕す女」として生涯を終えた人)にちなんで私たちは耕と名付けました。

  「耕とその母であるあなたに」

  ぼくは想像していました

  あなたたちが 京都の街の

  御所に近い病院の一室で

  一つの昼と一つの夜を

  一緒になってやり抜いたことを。

  その明け方の空が どんなに青く

  そして だんだんと白く 明るんでいったかを

  ここから思い浮かべていました。

  ひょうたんになった耕の頭を

  あなたが荒い息の中でどんなにやさしい思いで

  撫でただろうと、

  それから 小さな保育器のなかで

  他の仲間たちと並んで

  一緒に眩しそうに

  声を上げている君、 耕

  その回りを 親しい人々が

  包みこむように見つめる姿

  おばあちゃんもいます

  おじいちゃんも、

  それから おじちゃんやおばさん

  直ちゃんも暁子さんもいます。

  手足をもごもごと動かし

  まだあなたの海を泳いでいるように、

  世界の感触を確かめている 君

  ぼくはここから思い浮かべていました。

          1986年10月23日午前2時25分

めったにないような難産の末、私達の初めての子供が誕生しました。

夫が愛してやまない亡き母都美子、耕す女だった都美子にちなんで耕と名づけました。

その時、夫はすでにドイツに住んでおり、お産の直後にこの手紙を送ってくれました。

「思い浮かべていた」とありますが、私はなぜ彼が、まるでその場にずっと一緒にいたか のように、お産の前後の様子を「知っている」のかと、不思議でなりませんでした。

息子が結婚しました。バレンタインデーにです。

音楽を通じて知り合った二人です。

この手紙は二次会の幹事さんに頼まれて息子に内緒で書いたものです。

私の正直な気持ちです

  「結婚する耕へ」

  耕チャン

  思いもかけないチャンスをもらい、

  あなたにお手紙を書くことにしました。

  聞きたいことがあったから。

  お母さんは

  あなたにちゃんと伝えたことが

  あったでしょうか?

  29年前

  夜明け前の病院のベッドで、

  初めてあなたに会い、

  得がたかった宝物を

  やっと頂けた思いに

  感謝の気持ちでいっぱいだった

  あの日。

  あの日から、今日まで変わらず

  我が命に引き替えても惜しくないと

  あなたを思ってきたことを

  私はちゃんと伝えたことが

  あったでしょうか?

  そんな大事なことを

  伝えてないばかりか

  お母さんは

  いつも、口うるさかったよね。

  あなたがどれだけ忍耐強く

  自分の病気を凌いできたか、

  目的が決まれば、たゆまず努力

  を続け、きちんと目標を達成し、

  頑張ってきたかを

  ちゃんとほめたことも

  あんまりなかったよね。

  ごめんなさい。

  こうして振り返ってみると、頑張っている、

  可愛いばかりの

  あなたが浮かび、胸が熱くなります。

  とりわけ、今から八年ほど前の

  5月の真夜中

  あなたが、弟を心配して

  泣きながら私に電話をくれた日のことを

  忘れる事はないでしょう。

  ありがとう。

  でも、いちばん

  感謝していることはそれじゃあ

  ありません。

  愛子ちゃんという

  素晴らしい娘を

  お父さんと私に、そして

  明るく、優しいお姉さんを

  信彦と麻衣に連れてきてくれたこと

  本当にうれしいです。

  ありがとう。

  フィーレン、フィーレン、ダンク!

  そして結婚おめでとう

  二人の幸せを

  心から祈っています。

         母より


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